いつの時代も「ワークスタイルの悩み」ってあるんですね。

By | 2015年12月20日

実行委員、事務局の高橋です。

1月15日のイベント「第4回ITACHIBA会議『70歳まで幸せに働く方法と、幸せに働ける企業経営を考える』」には、皆さん申し込みは終えましたか?
今回のテーマは「ワークスタイル」。
老若男女問わず、自分なりのワークスタイルを見つけるのが今回のテーマです。
ワークスタイルは人それぞれだと思います。
ぜひ「第4回ITACHIBA会議」で自分なりのワークスタイルを見つけるきっかけを探してみてください。
(懇親会もお待ちしています。ぜひ盛り上がりましょう!)

高橋が最近「ワークスタイル」という言葉で連想する人がいます。
それは連続テレビ小説「あさが来た」のヒロイン、”あさ”こと”広岡浅子”さん。

見ていらっしゃる人には余計かもしれませんが、あらすじを少し・・・・

==
呉服屋と両替屋を営む京都の豪商・今井家の次女の「あさ」が慶応元年、京都の老舗両替店「加野屋」に嫁ぎます。当時はまだ女性は男性を家内で支えるのが普通であって、稼業に手を出すなどはもってのほか、あさはそんな時代の慣習に不満を感じていました。
両替商という商いそのものが、幕末の日本という時代になじまず先が見えない中、あさは新たな商売として石炭に着目します。そして九州の炭鉱を買収。しかし九州の坑夫たちは「何もわかっていない大阪の両替商が金目当てで俺たちの山を買収しにきた。まして交渉相手が女と来ている。やってられん」と一向に働くことを拒否し続けます。
しかしあさは坑夫たちに何とか働いてもらおうと、必死な説得を続けます。石炭がこれからの日本を支える重要産業であることを根気よく伝え、時には鉱山で一緒に仕事をし、最後には坑夫と相撲までとり、次第に坑夫たちはあさに心を開き、信頼を寄せていきます。
==

人に命令するだけでなく自らが率先して動き、周りを巻き込むあさの行動力には、私もビジネスマンとして見習わなければいけないことがたくさんあるのですが、
「ワークスタイル」という視点で見ると、あさの働き方とか悩みが現代人のそれと似ているように感じて不思議です。

炭鉱を買収してからというもの、あさは加野屋のある京都と炭鉱のある九州を頻繁に行き来します。
義理の母「白岡よの」からは「お家を守るために鉱山の切り盛りも大事ですけど、稚児(ややこ)を身ごもることも大事ではおまへんか?」と、子供のいないあさは肩身の狭い思いをします。それは旦那である「白岡新次郎」も同じ。
子供が生まれたら生まれたで「加野屋の若奥さんは、また子供を放ったまま、九州の炭鉱へお出かけなさる」と町中の噂。

当時の大阪と九州では、今でいう日本とヨーロッパかそれ以上への移動くらいの時間がかかるでしょう。
そこを頻繁に行き来するのだから、あさもそれはそれは大変だったでしょうに。

物語の舞台は幕末ですが、悩みの本質は現代人の女性とあまり変わらない気がします。

いつの時代も「ワークスタイル」については、悩むところは多いのかも。
それゆえ「ワークスタイル変革」という言葉は、決して新しいコトバではないのかもしれませんね。